サイクリングとヨガと瞑想、これをルーティンにしようというのが目下体力作り革命を進行中の私の日課だ。日課といえば、仕事と日記もあるが、まぁこの3つが強化週間だ。
夏に仕事を始めて緊張が酷かったのと、パソコンスタンドを使っていなかったのでひどく背中が痛むのと、とにかく暑くて外でサイクリングできなかったのと、さらにワクチンを打って弱ったという何重もの障壁があり、9月初旬というのはだいぶ疲れていて、やっと先週ワークアウトを再開したところ。再習慣化するのはまた手がかかる。
以前、ヨガを昔からやっている男性のブログを読んでいたら、ヨガの前に走ってからヨガをして瞑想するという順番だったと思うけど、ヨガの前に有酸素運動をしてヨガをするというのが昔は正式だったらしい。
確かにヨガの前に走るとヨガをやったときの身体の温まり方が違い、当然、汗のかきかたも違う。すると最後の瞑想になんとも静かな時を過ごせる。
ところで、アメリカはドラえもんを出版したり、映画化しないというのは周知の事実だが、これはのび太が情けなさすぎるからだ。しかし、人間というのは常に不安や恐れを持っているものなので、常に勇敢でいなければならない西洋的な発想というのは実に人間に厳しい。
ところが東洋人はネガティブな自分も受け入れている。弱い自分というものを受け入れてくれるドラえもんという存在、ひいては、子供の不安や軟弱さというのに寄り添ってくれる人というのが日本にはいるわけだ。
そして、禅、瞑想という東洋の一種の週間はその弱い自分を律する方法というわけだ。東洋の方がちょっと抽象的なアプローチだけど、人間そのものの存在のあり方が自然だ。
ドラえもんが生き残っている訳がわかる。ウルトラマンやその他のヒーローものがほとんどなくなってしまったというのに、ドラえもんは何十年も残っている訳だから。
実は情けない存在であるということをさっさと認めてしまった東洋人は、実はしなやかに生きているのかも知れない。
そんなことを考えながら、今日も静寂の時を迎えるべくそのベースとなるサイクリングを始める。何かに打ち勝つのではなく、ネガティブさをうまくコントロールできるようになるだろうか。静寂さへの道は続く。
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